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真鶴  川上弘美





失踪した夫を思いつつ、恋人の青茲と付き合う京は、
夫、礼の日記に、「真鶴」という文字を見つける。
“ついてくるもの”にひかれて「真鶴」へ向かう京。
夫は「真鶴」にいるのか?




******************************





アクの強い作品のあとに読んだものだから、
川上文学特有の淡い文体に集中移行するまで暫し手間取りました。


“歩いていると、ついてくるものがあった”
という一文から始まる本作は、表裏一体にある非現実的な世界を
自然に取り込みながら、同じ血を分けた三世代の女性の姿を通し
“女”が辿る普遍的な感情のサイクルを見事に描き切ってあるものでした。


『センセイの鞄』のようなほのぼのとした温かみはなく、
どちらかといえば暗鬱とした空気が漂いまくっていますが、
読み終わった今は、改めて川上さんの描く世界の深さ、
その筆力に敬服すると同時に、実はこれまでの
読書経験にはない無機質な涙を零した自分自身にも驚いています。
それはもしかすると私が女であることに加え、
どれほど親しい間柄にあろうが関係なく、
人間関係を形成する上で無意識下に湧き上がってきてしまう
冷めた感情の源流である“永遠に交わらないもの”の
神髄に触れたからかもしれません。


これは父親の顔を知らぬ娘と実母の3人で暮らす主人公の京が、
執筆業を介し知り合った恋人がありながらも
失踪した夫の礼への思いを断ち切れぬまま
彼がメモに書き残した“真鶴”へと二度三度と訪れる物語で、
登場人物をはじめ全てものが輪郭を成さぬ曖昧模糊なものとして始まります。
そしてそれはこれまでの日々を回顧することによってやがて輪郭を成し、
絡みとって離さない吸引力を持ち始めていきます。


洗練された言葉によって紡がれる心の温度差、
その間、その深淵に何度ゾクリときたことでしょう。
人は死ぬまでに何度心に折り合いをつけなければならないのかと、
ついそんなことをボンヤリと考えてしまいました。


実は京に共感しながらも失踪した礼の方に激しく共感してしまった私。
自覚していたこととはいえ
問題ありきの再認識となってしまいました(苦笑)。


人を愛するとは本当に難しいものです。
そして、女であり続けることも。





年ごろ、という言葉で始末するのは、かんたんなのよね。
母は目をとじ加減にしながらつぶやいた。
年ごろ、じゃなくて、始まり、なのよ、たぶん。








お気に入り度:★★★★★★★★★★











Top▲ | # by la_lune11 | 2011-07-06 00:51 | ・か行の作家 | Trackback | Comments(0)
彼女がその名を知らない鳥たち  沼田まほかる





十和子は淋しさから、飲み会で出会ったうだつの上がらない
中年男・陣治と関係を持ち、なんとなく一緒に暮らすようになる。
ある日、陣治の部屋で、昔の男から贈られたピアスを発見する。
何故ここに…。
十和子が選んだ驚くべき行動とは!
壊れかけた女、人生をあきらめた男。
ダメな大人が繰りひろげる100%ピュアな純愛サスペンス。




******************************





*初読み

ここ最近、沼田作品の感想をよく見かけることが多く、
評判の良い最新作の『ユリゴコロ』をと思ったら、
予約者多数のため手始めにこれを借りてみました。


臓腑を掻き回されるような小説、
とでも言ったら大げさになるのかな(苦笑)
“100%ピュアな純愛サスペンス”という
内容紹介文はズバリ言い得てるんだけれど、
そのピュアや純愛とやらの境地に至るまでのドロッドロの世界に、
ただただもう圧倒されまくるというかなんというか。
複雑な内面を、しかも、よくもまぁキャラごとにこれほど剥き出しに
描き分けることが出来るもんだと感心しきりでした。


昔の男をずっと引き摺ったまま、
仕事もせず陣治に依存しダラダラと日々を過ごす十和子。
かたや見目悪いお下品なおっちゃんで、何かとイラつく言動、
ねちっこく付き纏う陣治は正直気持ち悪い。
多分私も彼を前にしたら引くと思う。
そんな陣治に対し情緒不安定な十和子が容赦なく浴びせまくる
罵詈雑言の数々。痛い陣治に哀れみを感じる一方で、
虫酸が走るほどの嫌悪感を感じながらも、
陣治を切ることの出来ない十和子にもすっごく共感できちゃったりして、
この感情のギリギリのラインこそ、
この小説の秀逸たるところかもしれないとつくづく思いました。


読んでいる最中は本当にしんどい。
だってあまりにもマイナスオーラ全開だから。
でも彼女たちの泥沼のような生活を一度覗くと
最後まで見届けなきゃならないよな恐ろしい吸引力があるのも確かで、
サスペンス色が強くなった頃には先が気になって仕方がないほど。
そして迎える衝撃のラスト。
陣治のとった行動の裏には、幼少期に見た馬力引きのおっさんと馬の姿を
体現できる最高の選択肢でもあったからかもしれない、
そんな気がしてなりませんでした。


何故、今、沼田作品なのか。
漠然とだけど分かったような気がします。
だってこれは間違いなく
21世紀に斬新な風を吹き込む究極の愛の物語だから。
時間を空け陣治視点でもう一回再読してみるのもいいかも。
きっとまた新たな読後感を体感できることでしょうから。







お気に入り度:★★★★★★★★★☆











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Top▲ | # by la_lune11 | 2011-06-25 00:54 | ・な行の作家 | Trackback | Comments(0)
猫を抱いて象と泳ぐ  小川洋子





伝説のチェスプレーヤー、リトル・アリョーヒンの、
ひそやかな奇跡を描き尽くした、
せつなく、いとおしい、宝物のような長篇小説 。




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盤下の詩人と呼ばれた伝説のチェスプレーヤー、
リトル・アリョーヒンの生涯を描いた本作は、
将棋のルールすら知らぬ私にも、チェスの神秘性その魅力が
静かな感動と共にじわじわと伝わってくるもので、
小川さんらしい透明感のある優しい作品でした。


誕生間もなく受けた手術痕を揶揄いの対象とされ、
心のどこかに哀しみとも寂しさともつかない
何かを抱えている少年リトル・アリョーヒン。
そんな彼が温かい家族の元で、チェスと出会い、
人と出会い、生きる場所を見つけるまでの日々は、
まるでかけがえのない宝物のように
キラキラ煌めいていて読まされます。


あちこちに散りばめられた
“閉じ込められる”というキーワードの利かせ方も巧くて、
身体的に閉じ込められる恐怖の一方で、
チェスの海に心を解放していく。
それは果てしなく続く無限宇宙の広がりそのもので、
ラストのまとめ方も素晴らしかった。


謎めいたタイトルも読み終えてしまうと、
このネーミング以上のものは考えつかないほど内容に即したもので、
この先何年かして記憶が薄れたとしても、
現イメージはタイトルを見るだけでぶわっと蘇るのではないか、
そんな気がしています。


インディラ、マスター、ポーン、ミイラ&鳩、
老婆令嬢、キャリーバック老人、総婦長、
おじいちゃん、おばあちゃん、弟君、
そしてリトル・アリョーヒン。
またいつの日か記憶の海で会えるといいな。


そういえばちょうどこの作品を読んでいる頃に、
中国で壁と壁の間に男の子が挟まれるという
ニュースが流れてビックリ。
無事脱出できたから良かったけれど、
ミイラになっちゃうんじゃないかとちょっと冷や冷やものでした。







お気に入り度:★★★★★★★★★☆












Top▲ | # by la_lune11 | 2011-06-25 00:37 | ・あ行の作家 | Trackback | Comments(0)
孔雀の目がみてる  蜂飼耳




中原中也賞受賞の現代詩界のホープが、
身の回りの情景や心震わす書物を、鋭く澄んだ目で見据え、
繊細で鋭敏な五感と言葉でつづった待望のベストエッセイ集。




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蜂飼さんの文章に触れるたびに
その眼差しの深さに感嘆してしまう。
多分、同じ時間、同じ場所を過ごすにしても、
彼女はきっと誰もが見向きもしないよな何かを見つけ、
心の引き出しにそっとしまう作業を延々としているに違いない。
このエッセイにはそうした彼女の素が見え隠れする
家族、友人、子供の頃のエピソードを含め、
日常のありふれた光景を切り取ったものや、
読書、旅、生きものなどについて書かれており、
その研ぎ澄まされた感覚と言葉のセンスから繰り出される世界は、
まるで水琴窟のような響きを伴い心の深いところに沁み渡る。
以下特に印象的なもの。




「夏の青虫」
子供の頃に飼っていた二匹の揚羽蝶の青虫について。
大概の人が苦手とするその小さな生きものを慈しむ姿に
感性の原点を感じる作品で、成虫になるのとならないのとの
運命に生命の神秘性を感じました。


「植えてみたいと思った」
つくし採りから始まり、他人の畑の隅っこに
ジャガイモを植えようとしたエピソードまで。
蜂飼さんの素が一番うかがえる作品でとても微笑ましかった。


「銭湯」
東京都内にあるという昔の建築物を移築した
お湯のない銭湯について書かれたもので、
賑やいだ昔の残像に対する表現が秀逸。
まるで自分もそこにいるかのように鮮明にイメージできました。


「鰐の気配」
レオポール・ショヴォの『年を歴た鰐の話』について書かれたもので、
昭和16年に刊行されて以降、幻の本とされ復刊した本書は、
鰐のおじいさんが自分の家族の一匹を食べちゃうところからはじまるらしく、
続く12本の足を持つ蛸との展開も大変面白そうだった。


「魯迅」
魯迅作品の中で最も再読を繰り返すという『宮芝居』について書かれたもの。
子供たちだけで船に乗り他の村へ芝居を観に行くお話。
船上で盗んだ豆を煮て食べるという行為を想像するだけで、
大好きな中国アニメの世界と重なりワクワクしてしまう。


「酉の市」
まだ友人になって日の浅い友と酉の市の露店を巡った時のお話。
「あ、つばが」「フジですか、ムツですか」の発言が堪らなくいい。
新鮮な驚きを与え合える友人期間って貴重だよね。


「本を読む」
21世紀に残したい5冊は、というアンケートがあったときに
迷いなく取り上げるという長谷川時雨の回想録『旧聞日本橋』。
江戸期の人たちの生活や様々な出来事を鮮やかに描いた作品で、
何よりも書物を愛する少女のエピソードに堪らなく惹かれる。


「小菊」
一度だけ文学者の墓参りに行った時の話。
冒頭いきなり西村賢太さんの藤沢清造全集のことだもんで
食いつきのよいことよいこと。
墓参りに行ったという文学者もなんと尾崎翠。
私も鳥取を訪れた際は足を延ばしてみようかなぁ。


「香月泰男展のこと」
戦争・虜囚体験を描いた「シベリア・シリーズ」で有名な香月さんについて。
「青の太陽」は私も忘れられない絵画の一つなので興味深く読みました。
厳しい体験を描く一方で、日常に転がっている静物をも題材にしている彼。
「青の太陽」と同時に描かれた「南瓜」について蜂飼さんはこう記している。
「遠い地の記憶を描き、指の先にころがっている野菜も描いた。
香月泰男は、野菜に記憶の青空を支えさせた。」と。


「撮る、撮られる」
アフガニスタンの映画事情について書かれたもの。
情勢不安な地で映画を撮る、撮られることの
意味するものの大きさに改めて考えさせられた。
こういう映画こそ多くの人に観るチャンスがあって欲しい。


「真夜中の島」
スコットランドのスカイ島を訪れた時の
印象的な夜の光景について書かれたもの。
食うもの、食われるものの生命の光に満ち満ちた描写が素晴らしい。


「イニシュマーン島」
アイルランドのアラン諸島を訪れた時のお話。
個人的にとても憧れている島だったので興味深く読ませてもらいました。
地に足のついた島暮らしに、さらに憧れは増すばかりなり。


「龍を見る」
北鎌倉にある龍の天井画を祖母と観に行った時のお話。
天井画に見下ろされながら、小さな祖母と二人並んで
龍の話をする光景、その会話がとても微笑ましくて好き。






「また」とか「ふたたび」という言葉は、
ときおり悪げもなく現実を薄める。
ほんとうは、どんなこともたった一度 
                 





ペットに服などを着せて、
すきなようにいじればいじるほど、
飼い主の心には穴があいていくと思う。
なぜなら、人間の「誇り」を支えているのは
じつはほかの生きものの「誇り」だから





                           
たとえすきになれなくても、
胸を噛んで離れない小説というものがある 
     
                                  
                     (文中より抜粋)








お気に入り度:★★★★★★★★★★












Top▲ | # by la_lune11 | 2011-06-23 01:01 | ・は行の作家 | Trackback | Comments(0)
夜を着る  井上荒野




隣家の男と、夫の旅先へと後を追う妻。
日常がほどけていく8篇の短い旅。




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普段言葉に発することなく、未処理のまま、
心の中に常駐する塵のような感情に光を当ててくれる井上作品。
本作もそうした諸々の感情を様々な旅路にのせ、
人生の洞のような部分をまざまざと描き出してある秀作揃いでした。
さっぱりスッキリといった作風には遠いけど、
このちょぴりシメッとしたビター感覚は
今のこの季節におすすめかもしれません。



「アナーキー」
2度目の堕胎を終えたのちに、行く当てもなく
ドライブをするカップルは…。
付き合いだして1年にも満たない中で
2度も堕胎しちゃうなんてまさにアナーキーな二人。
それでも1度目の時とは明らかに違う居心地の悪い空気を互いに纏い、
更には感情を爆発させる流れまでが見事。
男であれ女であれ背負う罪悪感は同じということを
改めて感じさせてくれる作品でした。


「映画的な子供」
高校生活のしょっぱなから挫折感を覚えたしずくは、
通学途中やむなく電車を降りた街で…。
どこにでもいるような真面目な普通の少女が
あてどなく時間つぶしをする。ただそれだけのこと。
なのに彼女の諦観したようなラストのつぶやきが
堪らなくやるせないのは何故。
きっと少女に似た届かない思いに心痛める子供たちが、
あちこちに居そうだからなんだよね。


「ヒッチハイク」
結婚と引き換えのように次々訪れる
自分の中のある終わりに、とうとうキレた治子は…。
馬鹿なことだってわかっていても抑えられない衝動ってあるよね。
ちょっとしたきっかけさえあれば案外すんなり鎮火するんだけど。
自分の感情を抑え、彼女のしたいままにさせてみる
旦那さんの懐の大きさに好感を持ちました。


「終電は一時七分」
とある殺人事件が起きた場所を訪れた大学教諭の失望の旅とは…。
家庭にも職場にも戻れずひととき安寧に過ごした矢先に
突き付けられる「終電は一時七分」は悲しすぎ。
あまりにも唐突なもんで、
一瞬、何が起こったんだかわからなくなっちゃった。
あのあと彼はどうしたんだろ?色々想像してしまう。


「I島の思い出」
父の追悼会に出席するため沖縄を訪れた母娘は
知人の勧めでI島に渡り宿泊してみるものの…。
マイペースな島の人々、口に合わない料理、なんとか
旅を満喫しよう試みる母娘が体験するちぐはぐな空気感が面白い。
娘の不倫相手である吉田という男も妙に気になる存在でした。
沖縄を舞台にした小説でマイナスイメージのものってはじめて読んだかも。


「夜を着る」
夫の浮気を疑い旅先まで偵察に出かけた主人公と連れの隣人は、
衝撃的なある事実を知る…。
男と女の関係になりそうで、ならない、
その揺れる心情と行動の微妙なさじ加減が秀逸。
旦那さんの行動も切な過ぎるよね~。


「三日前の死」
卒業旅行でフランスに来た二組のカップルたちは、
そこで馴染みの大学教授の訃報を知り…。
ショックを受けたであろう友人を心配し一人右往左往する主人公が
、自分なりに導き出すラストの解釈にゾクリ。
だって友人とその彼の何もかもの行動と感情が集約されちゃってんだもん。
ホント巧いよなぁ。


「よそのひとの夏」
16年前の夏の思い出を最後に姿を消した女性とは…。
子供の頃には分からなかった大人たちの複雑に絡み合う事情と感情。
父親と同じような立場にある娘が、
当時と同じ焼けつくような夏の日差しの中で、
互いの素性も知らずすれ違う過去の女と現在の男を
じっと見つめる描写に痺れました。







お気に入り度:★★★★★★★★★☆











Top▲ | # by la_lune11 | 2011-06-19 01:03 | ・あ行の作家 | Trackback | Comments(0)
ことば汁  小池昌代




モノクロームの日常から、あやしく甘い耽溺の森へ。
詩人につかえる女、孤独なカーテン職人。
魅入られた者たちが、ケモノになる瞬間―
川端康成文学賞受賞の名手が誘う幻想の物語六篇。




******************************





タイトルの汁(じる)という濁った響きがまさにピッタリの、
人の心の奥底に眠る黒い靄のようなものを丹念に描き出した本書。
この短篇集はそうした人それぞれの(じる)が、
何かしらをきっかけに滲みだしジワジワと拡がっていくさまを
幻想世界と巧みに組み合わせ独自の世界観を作り上げてあります。
特に「つの」「すずめ」の2作は一読の価値ありの
非常に引き込まれる作品でして、あと「花火」も好きでした。




「女房」
だらだらと家に居つき始めた彼女に帰れともいえずにいるレオ。
だがザリガニを連れ帰った日を境に…。
恋愛においてタイミング次第で心変わりすることなんて
よくありがちだけど、何がどうしてこうなったとハッキリ言えない
その僅かなズレの重なりがとてもリアル。
ザリ、ザリ、ガニニ、ザリガニニに、
夢を喰われないよう怒りもほどほどにしなきゃ、な~んてね☆



「つの」
老齢の詩人に30年以上仕えてきた秘書は誰よりも彼のファンであり、
誰よりも近くにいるはずだった。だけど…。
詩人のおじいさんの邪気のない奔放さがとても魅力的で、
彼の詩の世界とシンクロするかのごとく、
主人公の溜め込んできた思いが一気に膨れ上がり姿形が
変貌していくさま、そのクライマックスに向けた疾走感は凄かったです!



「すずめ」
注文主の好みに合いそうなカーテンを幾つか見繕い、
その日パーティが行われている屋敷を訪れたカーテン屋の女主人は…。
これは「舌切り雀」をモチーフに、幻想とホラー味を帯びた
類をみない独特の世界が築かれており非常に引き込まれました。
見目麗しき招待客の面々、魅惑的な少年、癖になる貝の実、
庭に掘られた穴などなど、全てが謎に包まれている屋敷の全貌が
明らかになるにつれ、読者の私もいつしか
屋敷に憑り込まれていくような感覚に陥りました。一押しです。



「花火」
離婚後再び両親と暮らし始めた緑子は、
ここ数年揃って出かけることなど皆無の両親を引き連れ
意気揚々と花火大会へと出掛けてみたものの…。
花火見物の下調べをしたり、両親を上手く誘い出し
皆で浴衣を着て出かけていくまでの流れが、
幼き頃の心象風景と重なるものがあり引き込まれました。
でも現実では大勢の花火客に押し流され、計画通りに行かなくなる。
そしてふと心を支配するのは、鬼と化して失敗した苦い結婚生活と、
もう若くもない自分と年老いた両親のこと。
何もかもが時すでに遅く、
まるで祭りの後のような寂寥感に魅了されました。



「野うさぎ」
書けなくなり筆を折った物書きが
近所の森で出会った老婆に勧められるまま始めた仕事とは…。
これは寂しい女が堕ちていく大人のための童話といった感じで、
作中作っぽいものありの現実と非現実の境界線が
非常に曖昧な幻想味の濃い作品でした。
森の中というシチュエーションも相まって妖しい雰囲気ありありです。



「りぼん」
友人の遺品整理をきっかけにリボン収集に目覚めた良子が
ある少女から分けてもらったリボンとは…。
包装用の美しいリボンや可愛らしいリボンを捨てられずに
取っておくなんてこと女性なら誰もが経験のあることでしょう。
この作品はそうした女性ならではの心理をコレクター心理と
巧みに絡ませたお話で、他の作品に比べると地味ですが、
〇〇が苦手な読者によってはギョっとする場面ありきです。







お気に入り度:★★★★★★★★☆☆











Top▲ | # by la_lune11 | 2011-06-14 01:05 | ・か行の作家 | Trackback | Comments(0)
流跡  朝吹真理子




闇夜の川で「よからぬもの」を運ぶ舟頭。
雨あがりを家路につく会社員。波止場にたちつくし船を待つ女。
――定まらずに揺れつづける生のかたちを、
揺らぎのままに描きだす、鮮烈なデビュー作!




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*初読み

今年初めの芥川賞受賞の記者会見で
西村賢太さんと好対照だった朝吹さんのデビュー作。
文壇の方々の様々な評価を聞きかじりした上で
好みに合いそうな気がしたので、受賞作共々
図書館の予約数が減った頃にでもと一応チェックしていたら、
あっさり開架で見つけちゃったのでこれ幸いに読んでみました。


僅か100頁ほどのうっすい本ではありますが、
受賞作よりも難解だという
クチコミに覚悟しいしい読み始めてみたところ、
私の近況とすこぶる被る、本を開いても
一向に読み進められずにいる冒頭のくだりと、
文字列の揺らぐような感覚描写にすっかり心を掴まれまして、
それ以降も豊富な語彙力を活かしたベテランの風格さえ漂う文体に
凄い新人という噂は本物だったんだなぁ~と実感。


五感(特に嗅覚、視覚)に訴えてくる表現力はもとより、
何よりもその凄さを感じたのは、タイトル通りの
固定性のない世界が活字によって具現化されている事実。
本の読み手と書き手をプロローグとエピローグに配置し、
言葉を紡ぐ作業を生業とする者らしい鋭敏な感覚で、
文字のもつ無限性を表現し、その合間で
一貫性のない夢の中の出来事のように、雅楽の舞人、
闇の積み荷を運ぶ船頭、煙突の幻視をみる男、
死者になれない女といった、人の形をした人である人たちの
幻想味を帯びた流動的な体験が淡々と語られていく。
また肉体と切り離された魂や魂と切り離された肉体が、
一時も留まることを知らず、時の経過と共に流れ流れゆくものとして
徹底的に描ききってあるのは驚嘆するほかない。


好きか嫌いかと問われれば、好き。
川上文学に皆川さんの語彙力とセンスを加味した感じに思えなくもない。
だけど若さゆえか全体的に深みが足りないような気もする。
もっと年齢を重ね人生の経験値を増やした時にこそ
本当の意味での凄い作家さんになりそうな予感は
ビリビリするので楽しみしておこうと思う。


それともう一つ、内容に即したセンスの良い装丁も素晴らしい。
白く浮き出た金魚が意味する涼やかな山本祐布子さんの挿画と、
邪魔にならないタイトルロゴの配置は絶妙です。

  





お気に入り度:★★★★★★★★★☆













Top▲ | # by la_lune11 | 2011-06-08 01:07 | ・あ行の作家 | Trackback | Comments(0)
もう二度と食べたくないあまいもの  井上荒野




気がつかないふりをしていた。
もう愛していないこと。
もう愛されていないこと。
直木賞作家が美しくも儚い恋の終わりを描いた傑作。




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甘くない、大人の、こざっぱりとした、
それでいて深い小説が読みたくて井上さんの本をチョイス。
で、「まだまだいっぱい食べたい甘いもの」と願う、
私の食欲とは真逆にあるタイトルに惹かれ読んでみました。



内容は10通りの恋愛絡みの人間関係を描いた短篇小説で、
長篇小説『切羽へ』(直木賞受賞作)に似たティストの短篇ありきで、
今の気分にジャストマッチの大変私好みの作品集でした。
井上さんの描く小説って、行間から滲み出てくるものを
どれだけ救い取れるかで深みが増す類のものだと思うんだけど、
そこを自分なりに上手く読み取れた時のざわめき感や陶酔感たるや。
取るに足らない日常に潜む人間心理をこれほど感覚鋭く、
それでいて的確に表現できる作家さんってなかなか
いないんではなかろうかと本書を読んで更にその思いを強めました。
以下3点は、なかでも心ざわめいたお気に入りの短篇たち。



「犬」
両手で余るくらいしか会ったことのない夫の元部下の保坂に
密かな恋愛感情を抱いている主婦は、近々転職し渡独するらしい彼が、
愛犬の引き取り手として我が家ご指名ということを知り…。
シーン展開ごとに「犬」という会話から始まる構成そのものが面白い。
夫や保坂に思いを悟らせまいと、彼らの言動の一つ一つに過敏になりながらも、
さりげなくふるまい続ける主婦の独り相撲的なせめぎあう姿に読まされました。
まさに『切羽へ』のコンパクト版といった感じで、
妄想逞しい完全なる片思い小説ですが、たまらなく好きな小説世界です。


私は突然悲しくてたまらなくなった。
どうしてわかってくれないのだろう、
夫がわからないのは私が何一つ説明できないせいなのに、
それでも、理不尽なのはじゅうぶん承知で、夫はひどい、と思う。
   
                         (文中より抜粋)




「朗読会」
土曜日の朝。いつもと様子の違う夫の隆に見送られ、
週に一度の朗読会へ向かう美沙の心境は複雑だった。
というのも朗読会は口実で、
夫も存在を気いている浮気相手の所へ行くのだから。
浮気相手に捨てられることを恐れつつも、
明らかに何かを変えようとしている夫が気になって仕方がない妻が、
どちらとも情熱的だったあの頃には二度と戻れない現状に気づき、
それでも夫婦関係を修復する道を選ぶまでの過程に引き込まれます。
妻視点で描かれているわけですが、二人の交わす
何気ない言葉の端々から見えてくる旦那さんの揺れる心の描写も秀逸です。


寝室を出てみると、夫は洗面所にいた。
白とくすんだ水色のモザイク模様の古めかしい洗面台で
髭をあたっている後姿を、美沙はつくづくと眺めた。
── 不意にものすごい勢いで記憶が逆流して、
昨日も見た、と美沙は思った。
こんなふうな夫の背中を、昨日も見た。こんなふうに見た。

                         (文中より抜粋)




「裸婦」
離婚した夫の家族らと共に過ごす恒例の夏の日のペンション。
年の離れた恋人と同伴で訪れた文月は、いつものぎこちない関係性の中で、
なんだかいつもとは様子のおかしい義母の言動に心中穏やかでなくなっていく。
自分から夫に見切りを付けときながら、
まだ心のどこかに繋がりを断ち切れずにいることを自覚していく文月が、
ある現実を突き付けられ、取り戻すことの出来ない
時の流れに愕然とするまでが描かれています。
林の中に突然現れた裸婦の正体は予想がついたものの、
あのようなラストを迎えるとは想像だにしませんでした。


不安定な空気に包まれて食事は進んだ。
水の上にテーブルがのっているような感じだった。
志摩子さんがあらわれないことに三人はあきらかにほっとしていたが、
それを互いに明かさないように心を配っていた。
 
                         (文中より抜粋)




収録作には若いカップルものもあったけれど、
選んだ作品が中年の夫婦ものっていうところに我が年齢を意識してしまうなぁ。
ああこの気怠さ感いっぱいの小説世界にまだまだ浸っていた~い。






─その他覚書─

「幽霊」 
 離婚する前に亜希子が一度だけ関係を持った近所の男の正体とは…。
「手紙」 
 ジャズ研の若いカップルに訪れたライトな別れに至る胸中とは…。
「奥さん」 
 団地のわけあり奥さん連中と情事を繰り返す男の本音とは…。
「自伝」 
 くそまじめで面白みのない上司がやたら腹立たしくて気になる皆子の日々とは…。
「金」 
 離婚後情緒不安定な隣の奥さんを見るにつけ、惣太は別居中の妻子との関係を慮る。
「オークション」 
 再婚する気なしのバツ一同棲カップルが、新居用に落札したリトグラフとは…。
「古本」 
 同僚の妻に的外れな詰問を受け続ける夏彦が、最後に突き付けた言葉とは…。








お気に入り度:★★★★★★★★★★












Top▲ | # by la_lune11 | 2011-05-26 01:09 | ・あ行の作家 | Trackback | Comments(0)
ワーカーズ・ダイジェスト  津村記久子




32歳は、欲望も希望も薄れていく年だった。
けれど、きっと悪いことばかりじゃない。
重信:東京の建設会社に勤める。
奈加子:大阪のデザイン事務所に勤め、
副業でライターの仕事をこなす。
偶然出会った2人は、年齢も、苗字も、誕生日まで同じ。
肉体的にも精神的にもさまざまな災難がふりかかる
32歳の1年間、ふたりは別々に、
けれどどこかで繋がりを感じながら生きていく―。
頑張るあなたに贈る、遠距離“共感”物語。




******************************





あの日以来、読書に集中できない日々が続いてきたけれど、
働く30代男女の日常を交互に描いた表題作は、
身近な題材ということもあってか
久しぶりに集中を切らすことなく本を読む感動を味わえた。


後ろ暗いことはない。何も悪いことはしていない。
白状することは何もない。それでどうして
こんなに立っているのがやっとなんだ。 
 (引用)


働いていると、時にこうした誰にもぶつけようのない
カラッカラに乾いた呟きを漏らしたくなることがある。
この作品はそうした疲れモードにある男女の心の機微を、
ユーモア交じりの鋭い視点で描いてあり、
何気ない言葉や状況の数々に心が共鳴する。


一度知り会っただけの二人が互いを思い出すタイミングや、
距離の縮め方も絶妙で、希望射すラストも清々しくてあったかい。
久しぶりに心ほぐされるポジな作品を読めて幸せでした。


それともう一つの収録作品である「オノウエさんの不在」ですが、
これは支所に移った先輩のよからぬ噂に心穏やかでない話で、
会社組織のバランス関係を鋭く突いた
表題作とはまた違う一歩踏み出す感のある作品でした。







お気に入り度:★★★★★★★★★★











Top▲ | # by la_lune11 | 2011-05-11 01:11 | ・た行の作家 | Trackback | Comments(0)
薔薇密室  皆川博子




山間の僧院に住まう、1人の男。繰り返される禁断の実験。
物語が歴史を凌駕する。驚愕の書き下ろし長編小説。
ドイツ・ポーランド国境に、人知れず建つ古びた僧院。
そこは、咲き乱れる薔薇に閉ざされた狂気の世界だった。
やがて外界は第二次大戦の波に呑まれ、僧院は接収されるが…。
現と夢幻のあわいを貫く物語が、歴史をも従えて迸る。




******************************





各レビューに軽く目を通してみると
『死の泉』の二番煎じ的な意見が…。
で、どちらを先に読もうかと迷いましたが
<薔薇><僧院><禁断の実験>という
キーワードにそそられ本書を先に。


かなり想像逞しくなっていたせいでしょうね、
禁断の実験そのものは想像していたものよりも
遥かにソフトな肩すかしなものとなってしまいましたが、
世界大戦中のドイツとポーランドを背景に、
ある一冊の手記に翻弄され、深み深みへと絡め取られていく
男女の現実とも夢幻ともつかぬ
危うい世界観にはとても引き込まれました。


また畸形の面々に加え、要所要所で
主人公の心情と絡ませるキュリー夫人の生涯や、
アンデルセンの『雪の女王』の使い方も効果的でしたしね。
ただSS(親衛隊)の描き方に
もう少し容赦のない緊迫感が欲しかったのと、
終盤のある分岐点以降一気に盛り下がりを感じたのも事実でして、
まだまだコンプリートには程遠い読了数ですが、
凝縮度的にも短篇の方が好みである
印象を強める一冊となってしまいました。






お気に入り度:★★★★★★★★☆☆












Top▲ | # by la_lune11 | 2011-04-20 01:13 | ・ま行の作家 | Trackback | Comments(0)
二度寝で番茶  木皿泉




多くの女性の心をわしづかみにした
ドラマ「すいか」(向田邦子賞受賞)の放送から7年。
その後も、観る者の胸に
深く訴えかける作品を生みだし続けているのが、
夫婦で共同執筆している脚本家・木皿泉です。
家族、愛、自由、幸せ、孤独、個性、笑い、
お金、創作、生きること死ぬこと…について、
二人が思う存分語りあいます。
木皿ドラマは、どうしてこんなにも私たちを惹きつけるのか―。
二人の言葉には、その秘密が隠されています。




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知る人ぞ知る木皿泉。
「やっぱり猫が好き」をきっかけに、
「すいか」「野ブタ。をプロデュース」
「セクシーボイスアンドロボ」「Q10」など、
寡作ながらもクオリティの高いドラマを輩出する
通称=大福さん(♂)&かっぱさん(♀)の
夫婦ユニットのシナリオライター。


謎のベールに包まれている彼らでしたが、
昨年あたりからポツポツとメディアで取り上げられることもあり、
その実態が徐々に明らかとなり始めたところに、
このトーク形式で綴られたエッセイが刊行。
で、期待高々読んでみたところ、
ドラマにあるよな琴線をプルっと揺るがす
珠玉フレーズや可笑しみがそこかしこに詰まっていて、
ああやっぱりこの人たちが作ってるんだなぁ~と実感した次第。


分業って案外難しいんじゃないのかなぁという先入観があったけど、
まずはベース担当のかっぱさんがとことんまで書き上げたのちに、
お笑い畑出身の大福さんが手を加えるといった具合に、
互いの得手ピースをあーでもないこーでもないと
嵌め込む作業を繰り返す中で
奇跡的なケミストリーが起きていることが分かった。


皮肉にも向田邦子賞受賞直後に
大福さんは脳出血に倒れ(現在は要介護度4)、
かっぱさんはかっぱさんで
「セクロボ」制作中に重い鬱状態となってしまい
順風満帆とはいかなかったようだけど、
そこいらあたりに寡作である理由や
河野Pとしか仕事をしない硬い絆が垣間見え、
三人四脚であったからこそ
あの名シーン、名セリフがこの世に誕生したんだなぁと…。


おおらかでおっとりタイプの大福さんと、
妥協知らずの勝気なかっぱさん。
対照的な二人だけど、
いいドラマを作りたいという真摯な思いと心地よい関係性が
あれら名作の素地にあることを確かに感じ取れる一冊でした。
木皿ファンは必見ですよん。






大 福:普通の人が、呑気に
    生きてられない時代になってしまいましたからね




かっぱ:だからかな、今は
    どこまでも呑気で幸せな話を書きたいなぁ


                    (本文より抜粋)







お気に入り度:★★★★★★★★★★











Top▲ | # by la_lune11 | 2011-02-23 01:15 | ・その他の本 | Trackback | Comments(0)
侍  遠藤周作




藩主の命によりローマ法王への親書を携えて、「侍」は海を渡った。
野心的な宣教師ベラスコを案内人に、メキシコ、スペインと苦難の旅は続き、
ローマでは、お役目達成のために受洗を迫られる。
七年に及ぶ旅の果て、キリシタン禁制、鎖国となった
故国へもどった「侍」を待っていたものは―。
政治の渦に巻きこまれ、歴史の闇に消えていった男の“生”を通して、
人生と信仰の意味を問う。




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ホラー熱がなかなか冷めないので、ここは強制リセット狙いで
氏の代表作の中で唯一未読の『侍』の世界を覘いてみました。


本作は江戸幕府が禁教令を発令する前後に、通商交渉を名目に
慶長遣欧使節としてメキシコ、スペイン、ローマへと渡った
支倉常長とルイス・ソテロ(通辞兼案内役の宣教師)の
生涯をベースにした物語で、その苦難と失意に満ちた日々を、
感情を表に出さぬ愚直な田舎侍の典型そのものである長谷倉六右衛門と、
目的を遂げるためならば人を欺むことも厭わない野心家ベラスコの視点で
なぞることによって、日本人とその国の体質、或いは
宣教師を派遣する諸外国の反応及びキリスト教組織の内情が浮き彫りとなり、
更に広い視野でもって新たなキリシタン史を堪能することができました。


実は日本人という人種を前面に出すために敢えて個性を抑えたような
主人公の六右衛門と、アクの強すぎるベラスコの2人に
思いのほか感情移入できなくて随分手こずりました(汗)。
だけど3ヶ月弱に及ぶ苛酷な船旅を終えたのちの
司教会議あたりから格段と面白くなり、
それまで相容れぬ仲であった日本人使節らとベラスコが、
同じ目的に向かう者同志として次第に心の距離を縮めていく過程や、
強い不安感や望郷の念に幾度となく襲われながらも、
愚痴一つこぼすことなく歩を進めてきた彼らが、
苦境の折にふと見せる感情の綻びに目頭が熱くなる場面もいくたびか。
なかでも山場の一つである復活祭での思わぬ行動には
胸が締め付けられてなりませんでした。


私は本作に描かれているような日本人特有の宗教観が
すっかり沁みついちゃっているようなので、余程のことがない限りは
これから先も信仰とは無縁であり続ける気がしてならないけれど、
だけどもし、氏のように両親が信者であったがために
幼少期のうちに放り込まれている立場であったならば、
きっといつかは迷いの生じる日が来たと思う。
そんな氏の心境を投影した六右衛門が、
奇異な存在でしかなかったイエスに興味を持ち始め、
やがて信仰に目覚めるに至る終盤までの流れは本当に素晴らしい。
それはきっと氏が生涯をかけ自分なりに折り合いをつけるまでの
過程と導きだした答えそのものだからに他ならない。


歴史の波間に儚く消えた彼らの偉業とその生涯。
その無念さはいかばかりか。
こうして何かしらの媒体を通し一人でも多くの
記憶の片隅に刻まれることを切に願うばかりです。


以下、六右衛門が懐かしき故郷の空をバックに
一羽の渡り鳥が撃たれる夢を見て呟いた印象的な言葉。




なぜ撃った。
あの鳥たちは俺たちのように遠い国に帰らねばならぬのに…









お気に入り度:★★★★★★★★★★












Top▲ | # by la_lune11 | 2011-02-10 01:19 | ・あ行の作家 | Trackback | Comments(0)
蜜姫村  乾ルカ





変種のアリを追って、東北の山村に迷い込んだ、
東京の大学の講師で昆虫学者の山上一郎は、
瀧埜上村の仮巣地区の人々に助けられ、命をとりとめた。
翌年、山上は医師でもある妻の和子を説得し、
一年間のフィールドワークのために、再び仮巣地区を訪れた。
この村には医師がいなかったため、
和子にとってもそれはやりがいのある仕事に思えたのだった。
優しくて、親切な村の人々。
だが、何日かその村で生活していくうちに、和子は違和感を覚える。
―みんな健康的過ぎる…医師もいないのに…。




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陸の孤島と呼ばれる長閑な村の、ふだんは優しく親切な村人が
事あるごとに垣間見せる冷やかな拒絶の態度。
その対比が巧いことミステリアス度を高め、
更に舞台が姫屋敷に移ってからは、
その禍々しい雰囲気と禁じられた恋の行方の魅力が重なり、
もの凄い吸引力でその世界に引き込まれました。


ただ残念だったのは終盤になるにつれやや失速感と詰めの甘さも。
特に約束を守る為とはいえあれほど執着を見せた
姫の呆気ない翻意は受け入れ難く、
私的にはもうひと悶着あった末とか、
一族の未来を予知したが故に○○するだとか、
凄まじい愛の返り討ちに遭うといった展開の方が好ましかったかなぁ。


それでも最終章を巧く纏め爽やかな読後感を与えてくれるあたりは流石。
グロっ気満載の蜜姫一族は癖になりそうな魅力に溢れていたし、
こういう伝奇ものや恋愛系がイケると分かった以上、
乾さんにはいずれ似たようなティストで
更に深く描き込んだ大作を是非ともお願いしたい。


ああそれにしも、もう新刊が発売とは!
乾さんお願いだから置いてかないで~(汗)







お気に入り度:★★★★★★★★☆☆











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Top▲ | # by la_lune11 | 2011-01-27 01:59 | ・あ行の作家 | Trackback | Comments(0)
よるねこ  姫野カオルコ





母が女学生時代に深夜の寄宿舎で出会った巨大な猫の正体とは? 
姫野カオルコが挑む、いまだかつてないホラー小説の新領域。
あなたはまだ本当の読む「怖さ」を知らない……。(解説・大森 望)




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各話とも文体、雰囲気、テイスト、手法も
変えて描いたバラエティに富むホラー短篇集で、
「あ、このテイストどこかで…」と既視感を覚えたとしても、
いつしかこれまで味わったことのないような
フレッシュなゾワゾワ感や驚きを味わえるといった具合で、
姫野さんってどんだけ守備範囲が広いんだろ?と
いたく感心してしまいました。


日常に潜む恐怖。
もしかしたら気づかないだけのことで、
気づかず暮らせていけるということはそれだけで
とても幸せなことなのかもしれないと思わせる内容でした。


因みに特に面白かったのは、
恋愛における女の怖さを焙り出した「女優」、
度を超えたフェチ現象にゾクリときた「探偵物語」、
何が起ろうとも動じない主人公がツボの「心霊術師」。
私も彼女のように身の丈に合った人生を誇りとできる人でありたいな。



「よるねこ」
師範学校の寄宿舎で真夜中に青黒な大きな猫を見たことがあるという母。
いつもと変わりない日々。いつもと変わりない母。だけど…だけど何かが変…。


「女優」
浮気するでもなくギャンブルするでもなく、
ただひとりで過ごす時間が欲しいことを妻に説明するのを億劫がる
友人の気持ちが理解できない独身の達哉であったが…。


「探偵物語」
調査内容は依頼者の元婚約者の女性を尾行し別れの理由を探ること。
取り立てて報告することのない無意味に思える尾行を続けていた探偵が
やがて気づく彼女の異常な一面とは…。


「心霊術師」
倉庫で働く吉田は勤続11年。力持ちであることだけが自慢の彼女は
ある日のパートの安藤さんの打ち明け話から
望む全てを叶えてくれる心霊術師がいることを知る。


「X博士」
大学が休講となった日のこと。時間を持て余し大学裏の路地を
ぶらついていた康介は見知らぬレトロな外観の小さな小屋に気づく。
そして裏口のドアそっと押し開けてみるとそこには…。


「ほんとうの話」
すべてほんとうの話をいたします。そう切り出した女が
これまでに体験したちょっと不思議な出来事の数々とは…。


「通常潜伏期7日」
癪に障る女子。イジメに遭う同級生。しけた町。
クサクサする気持ちを解消しようとネットに嵌るみつるは、
ある日たまたま繋がったサイトで奇妙な記述を見てしまう。


「通りゃんせ」
ゆまちゃんはいつも近寄ることさえできない北の部屋には
一体何があるのだろうといつも思っていました。
そして満6歳を迎えたある日、ついに…。


「貘」
ひたすらアナウンサーを目指し頑張ってきた自分は不合格で、
何故に畑違いの柔道部に所属し外貌も劣る彼女が
Q局のアナウンサーに合格したのか?
悶々と過ごすまなみだったがそれはいつしか…。







お気に入り度:★★★★★★★★☆☆












Top▲ | # by la_lune11 | 2011-01-25 00:07 | ・は行の作家 | Trackback | Comments(0)
スイート・リトル・ベイビー  牧野修




ボランティアで児童虐待の電話相談をしている秋生。
彼女自身、かつて育児ノイローゼになりかけていたところを
保健婦に救われたという過去があった。
人はなぜ、幼い子供を虐待しなくてはならないのか
―そんな疑問を抱く秋生のもとにかかってきた一本の電話。
それをきっかけに、彼女は恐ろしい出来事へと巻き込まれていく―。




******************************





まだまだ刺激が足りないようで
ホラーde年越しとなってしまいました(苦笑)。
選んだのは津原さんの『綺譚集』にモデルとして登場した
牧野修さんの第6回ホラー小説大賞長編賞佳作となったこちら。


実は幼児虐待とホラーのドッキングがいまひとつピンと来なくて
あまり期待せずに読み始めたのですが、目を覆いたくなる
残酷なプロローグから一気に引き込まれ、
その後はブラッドベリの短篇「小さな殺人者」に登場する
怖い赤ん坊のイメージがオーバーラップし、思っていた以上に
心理的な部分をグイグイやられたかなぁという感じです。


「人はなぜ、幼い子供を虐待をしてしまうのか」ではなく、
「しなくてはならないのか」というテーマで切り込んだ
斬新な仮説もとても新鮮な驚きがありました。


己自身もかつて救われた経験のある主人公。
その人物設定そのものには幾分違和感が無きにしも非ずでしたが、
そうした過去を持つ主人公だからこそこの難しいテーマを
掘り下げることのできるキャラであったのかもしれません。


いずれにしろ今もどこかで深刻な状況にある親子がいると思うと、
安易に面白いとは公言し辛い物語ではありますが、
世の中にはまだまだ解明されてないことが山ほどあり、
この本に描かれているようなことが
現実にはあり得ないことだとは断定できない。
もし仮に現実にあるとするならば救われる人たちも随分いるでしょうにね。







お気に入り度:★★★★★★★★☆☆












Top▲ | # by la_lune11 | 2011-01-11 00:21 | ・ま行の作家 | Trackback | Comments(0)
霧越邸殺人事件  綾辻行人




「この家は祈っている。静かに、ひたむきに」―猛吹雪の中、
忽然と現われた謎の洋館、その名は霧越邸。
訪れた劇団「暗色天幕」の一行は、住人たちの冷たい対応に戸惑い、
館内各所で出遇う不可思議な“暗合”に戦慄する。
やがて勃発する殺人事件の現場には、何故か北原白秋の詩集が…。
奇怪な“連続見立て殺人”の犯人は誰か?
館に潜む“何物か”の驚くべき正体とは…?
本格推理と幻想小説の類例なき融合を成し遂げ、
我が国ミステリ史上に燦然と輝く異形の傑作、ここに登場。




******************************





実は国内の本格ミステリって
あまり読んでないことに今更気づき、
ある書評本で幻想系ミステリとして
強く推してあったので期待高々読んでみたのですが、
まず登場人物の取ってつけたようなネーミングからしてアウトでして、
それがネックとなりなかなか話に入り込めませんでした。


また見立て殺人というそそられるミステリ要素も
ぐらついちゃってる印象で心惹かれた幻想味も今ひとつ。
挙句、犯人とその動機が早々に読めてしまい
それを確認したいがためだけにページを捲るという始末。


とまぁかなり酷評になってしまいましたが、
幻想というカテだけで乱歩や中井英夫クラスのものと
比較しちゃマズかったかな(汗)







お気に入り度:★★★★★★☆☆☆☆












Top▲ | # by la_lune11 | 2010-12-28 23:33 | ・あ行の作家 | Trackback | Comments(0)
あんじゅう─三島屋変調百物語事続  宮部みゆき




さあ、おはなしを続けましょう。
三島屋の行儀見習い、おちかのもとにやってくるお客さまは、
みんな胸の内に「不思議」をしまっているのです。
ほっこり温かく、ちょっと奇妙で、
ぞおっと怖い、百物語のはじまり、はじまり。




******************************





前作よりも更にパワーアップした印象で
笑いあり涙ありきの内容でとても楽しめました。
過去と向き合ったことで一歩前進し
幾分落ち着いた体のおちかの百物語に、
更に磨きのかかった個性的な新旧キャラの面々が
塩梅良く絡んでいたことも大きいでしょう。


お気に入りは「逃げ水」と「暗獣」。
どちらも身勝手な人間が生み出した
この世の者ではないものの話。
寂しいという感情は決して人間や動植物だけの
専売特許ではないことがとても胸に沁みました。


ただ唯一の心残りは伏線に思えた
妖しい蔵屋敷の男が今回は登場しなかったこと。
次回作以降に期待しています。


それにしても見開き全ページに渡り
南伸坊さんの挿画入りとはビックリ~。
こんな贅沢な作りの小説は初めて読みました。太っ腹!







お気に入り度:★★★★★★★★★★











Top▲ | # by la_lune11 | 2010-12-28 23:22 | ・ま行の作家 | Trackback | Comments(0)
妻に捧げた1778話  眉村卓




余命は一年、そう宣告された妻のために、小説家である夫は、
とても不可能と思われる約束をする。
しかし、夫はその言葉通り、毎日一篇のお話を書き続けた。
五年間頑張った妻が亡くなった日、
最後の原稿の最後の行に夫は書いた―「また一緒に暮らしましょう」。
妻のために書かれた一七七八篇から選んだ十九篇に、
闘病生活と四十年以上にわたる結婚生活を振り返るエッセイを合わせた、
ちょっと風変わりな愛妻物語。




******************************





夫婦ってどちらかの死を間近に感じた時にこそ
それまでに築き上げた絆の集大成が顕著になるものなんだろうなぁ。


余命いくばくもない奥様のためだけに、
商業誌に載ってもおかしくないレベルの
ショートショートを毎日書き続けた眉村氏の原動力も、
そうした尊い日々の積み重ねがあったからこそなのだろうし、
またそれを課すことが辛い現実から逃れる
唯一の休息の場となっていたのもよくわかる。


作家眉村卓の妻として旅立つことを望まれた奥様。
1778日、最後のショートショートはそんな奥様宛ての
感謝状であり且つ至上のラブレターでもありました(涙)


因みに最終話を除く18篇中お気に入りのベスト3は、
898話「ある書評」、1347話「降水時代」、
1563話「土産物店の人形」。なかでも
何かありそうで実は何んにも起きやしない「土産物店の人形」は
私の大好きな眉村テイストでもあり一番のお気に入りです。







お気に入り度:★★★★★★★★★★












Top▲ | # by la_lune11 | 2010-12-28 23:15 | ・ま行の作家 | Trackback | Comments(0)
小暮写眞館  宮部みゆき




もう会えないなんて言うなよ。
あなたは思い出す。
どれだけ小説を求めていたか。
ようこそ、小暮写眞館へ。
3年ぶり現代エンターテインメント。




******************************





昨秋『おそろし』を読んで以来だというのに
どうした訳か堪らなく懐かさを覚えてしまう
宮部作品ではありましたが、流石の安定感で
あれよあれよという間に引き込まれてしまいました。


これは家族の再生物語であると同時に
少年の成長物語でもあるわけですが、
個性豊かな愛すべきキャラの面々と、
徐々に経験値をを増やし逞しくなっていく
主人公の成長ぶりがいいんですよね。


そして写真から辿る感動秘話。
家族とは何か。友達って。
派手さはないけれど表紙の駅のホームが
最後に心にグンと沁みるとても爽やかな物語でした。


それと田中ヒロシ君、グッジョブ!







お気に入り度:★★★★★★★★☆☆












Top▲ | # by la_lune11 | 2010-12-28 23:01 | ・ま行の作家 | Trackback | Comments(0)
南の子供が夜いくところ  恒川光太郎




「今年で120歳」というおねえさんと出逢ったタカシは、
彼女に連れられ、遠く離れた南の島で暮らすことになる。
多様な声と土地の呪力にみちびかれた、めくるめく魔術的世界。




******************************





異世界と現実世界が混じり合う妖しいテイストは
従来作と何ら変わりはないのだけれど、
架空の南の島の長閑な雰囲気と、
どことなく児童書を思わせるソフトな作風が
他の著書とは少々異なる印象でした。
そしてそこには人類の営みの変遷や普遍的な辛苦が
盛り込まれていたりして結構深いんですよね。


実を言えば7つの連作中
漸く引き込まれ始めたのは4作品目以降でして、
特に最終2話「まどろみのティユルさん」と
「夜の果樹園」はかなり面白かった。
どちらもあり得ない状況にちょっと笑えちゃうんだけど
その完成された世界は後々まで記憶に残ることになりそうです。







お気に入り度:★★★★★★★☆☆☆












Top▲ | # by la_lune11 | 2010-12-28 22:58 | ・た行の作家 | Trackback | Comments(0)
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